日本風工学会誌 第70号 平成9年1月

フォークボールの不思議?

(沈む魔球フォークボールの空気力学)


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(1998年1月16日以降カウント分)


福岡工業大学工学部電子機械工学科 溝田武人

福岡工業大学大学院電子機械工学専攻 久羽浩幸

福岡工業大学大学院電子機械工学専攻 大原慎一郎

金沢大学大学院自然科学研究科 岡島厚


1.はじめに

 硬式野球でフォークボールを武器にして活躍している投手は多い.このフォークボールがいかに打者達を悩ます威力のある魔球であるのかということは,すでに十分立証されている.なぜあのようにホームベースのはるかに手前でワンバウンドするようなボール球を打者は振ってしまうのだろう,とわれわれ素人は素朴に疑問に思う.面白いことに,投げているプロ野球の現役投手本人ですら同様に疑問に感じながら,それを武器にしているのである.

 投手の指を離れる際にボールに初期速度が与えられる.その後,ボールには外力として重力と空気力のみが作用し,静止空気中の飛翔軌跡が決まる.しかしながら,フォークボールの変化の空気力学的なメカニズムはこれまで分かっていない.そこで,ここではフォークボールの変化の様相に関する空気力学的なメカニズムに注目する.

 この研究では,(1)飛翔中のフォークボールの回転軸方向や回転速度を観察する.(2)この観察結果をもとに風洞実験により流速やボール回転速度,回転軸方向の変化にともなう空気力を測定する.(3)運動方程式の外力として風洞実験で求めたこの空気力を使って飛翔軌跡のコンピュータ・シミュレーションを行う.直球(Fastball)についても同様な解析を行い,フォークボールの威力を探る.

 またフォークボールの特徴であるホームベース近くの落下過程では,回転ボールに相対的に迎角のある流れが作用することになる.迎角の変化に基づく,鉛直方向の揚力傾斜についても吟味する.

 なお,ナックルボールは飛翔中ゆらゆら左右に揺れると同時に鋭く沈み込んだり,ある場合にはふわふわ浮くという特徴を有する1).フォークボールは打者近くで,とにかく鋭く沈み込み同時に横すべりする,という特徴を持つ.フォークボールについては雑誌「数理科学」2)でも記述したが,ここでは空気力学的な説明に力点を置いて説明する.

 

2.実験方法および記号

2.1 風洞装置と実験方法

一様流中で回転する硬式野球ボールに加わる空気力の測定や流れ観察は,福岡工業大学の電子機械工学科に設置してある400×400mmの吹出し口を有する風洞装置を使って行った.その説明はここでは省略するが,詳しくは文献1)に記述している.

 回転球の迎角を変化させて回転軸方向の揚力を測定するために,球面の凹部を持つ基盤の上に乗せた凸部を持つ半月盤を回転させて,迎角を変化させる.半月盤の上に自作のバネ歪み計を置き,それに載せた回転シャフト上端に取り付けたボールを回転させ,回転軸方向の揚力をバネ歪み計で計測する3).回転軸に加わる空気力は別途測定して,補正している.

 実験に使用した硬式野球ボールは,高校試合球である.空力3分力を測定した風洞流速のレイノルズ数は実際に投げられるボールのレイノルズ数領域と一致する.

 

2.2 記 号

 α      : ボールの投げ上げ角度,あるいは流れの流入迎角で水平方向から下向きを+とする,

 ν      : 空気の動粘性係数,

 ρ      : 空気密度,

 a       : 鉛直方向加速度 (),

 d       : ボール直径(d=φ0.0715m),

 g       : 重力加速度,

 m      : ボールの質量(m=0.1445kg),

 t       : 時間,

 A      : ボールの赤道面断面積(),

 N      : ボール回転速度rps,あるいは回転回数,

 U      : 流速(m/s),

 X,Y,Z   : ボールの飛翔位置,

    +X   : 投手板中央からホームベース中央方向,

    +Y   : 鉛直上方,

    +Z   : 投手板中央とホームベース中央を結ぶ線から3塁側方向,

  : 抗力係数,揚力係数,横力係数,

          

      : 迎角αの変化にともなう回転軸方向の揚力係数,

   : 抗力,揚力,横力,

 Re     : Reynolds数 (),

      : ボールの初速(m/s).

 

3.フォークボールの飛翔観察

3.1 プロ野球選手の証言

 フォークボールを最初にアメリカ大リーグに登場させたのはジョー・ブッシュ投手であり4),1920年台のことである.人指し指と中指で挟んで投げるこの変化球によって日本で活躍したのは,元中日ドラゴンズの杉下 茂投手である.

 杉下氏のボールの掴み方は明らかにフォークであったが,そのボールを打者として,あるいはネット裏から見た人の印象によると,

(1)「杉下のフォークボールがどんな印象?といったって,見たことはあるが打ったことはないもの,3回位揺れて,すとんと落ちてストライクになる打てない球よ.(青田 昇氏)4)」,

(2)ほとんど回転していない球で縫い目が見えた2)

となる.この観察によると,杉下氏の投球は飛翔中の回転速度が非常に遅く1rps以下という特徴をもつナックルボール1)であった.したがって,揺れると同時にすとんと落ちていたのである.しかし,回転速度がもう少し速くなると,フォークボールの特徴がはっきりと現れて,落ちる魔球になる.

(3)野茂のフォークボールは,投球直後一瞬ボールがふわっと浮いた後に飛んで来て,急激に沈む,という印象です.

(オリックス・ブルーウェーブ・藤井康雄選手が筆者に語る.1995.9.9夜,福岡にて),

(4)村田兆治さんのフォークは,ボールがどこかに消えてしまったように感じた5)

(阪神タイガース・真弓明信氏),

(5)スピードも落差もあるフォーク,ストレートあってのフォーク,どうしてあんなワンバウンドのフォークを振るのかな?投げてるぼくも,なんであんなクソボールを振るんだろう,と思いますよ5)

(横浜ベイスターズ・佐々木主浩氏),

という証言(3),(4),(5)は明らかにフォークボールの特徴を示している.しかしながら,佐々木投手や野茂投手のフォークボールも,時にはほとんど回転しないでナックルボールになって揺れる場合もある.

 また,筆者の観察した例では,右腕投手が左打者に投げたボールがデッドボールになりそうになることを避けて身体を後方に反らせて見送ったけれどボールはシュートボールのように鋭く変化してホームベース上にもどりストライクになった.それはフォークボールであった.フォークボールは沈むだけではなく,大きく横滑りもするのである.

 

3.2 佐々木主浩投手のフォークボール

 現在活躍している多くの投手の中でも,もっとも威力のあるフォークボールを投げると言われる横浜ベイスターズの佐々木主浩投手のフォークボールのスーパースロー映像4)から静止画像を求めて,Photo.1(a),(b)に示す.

《Photo.1(a)》 《Photo.1(b)》

Photo.1(a),(b)横浜ベイスターズ佐々木投手のフォークボール,2枚の写真はおおよそ0.1sec間隔.ボールはシュート回転し,その回転軸方向は鉛直方向.

 

 この写真ではぼんやりとしか縫い目が見えないが,それでも以下の3点にまとめることができる.

(1)2枚の写真の時間間隔が大体0.01秒であり,ボールは30〜40cm進んでいる.

(2)ボールの回転は左まわり(右投手のシュート(screwball)回転)である.

(3)回転軸はほぼ鉛直方向を向いている.

 さらに,この一連のスーパースローでは打者近くのボール映像も捕らえられているが,回転軸はやはり鉛直方向を保っていた.

(4)初期回転を与えられたボールの回転軸方向はジャイロ効果によりほぼ一定である.

 

3.3 佐々木投手と野茂投手のボールの回転

 佐々木投手と野茂投手のフォークボールを超望遠レンズを使ってスーパースローで撮影した映像4)を画像編集機によって観察した.そのために映像の鮮明なベータカム方式のテープを利用した.投手の指を離れて,0.5sec程ボールが飛翔しているあいだにどのように回転するのか,という点に注目する.Fig.1(a)にその結果を示す.横軸は経過時間t,縦軸はボールの縫い目を観察して求めたボールの回転回数(N spin)である.おおよその観察誤差もI印で記入している.グラフの勾配は回転速度(Nrps)を示す.

 この観察結果で特徴的なことは,グラフの勾配が次第に増加していることにみられるようにボールの回転速度が増していることである.

 特徴1:回転軸は両投手のフォークボールともFig.1(b)のように鉛直方向を向いてサイドスピンしている.

 特徴2:佐々木投手のボール回転速度はN=10(〜13)rpsから20(〜26)rpsに増加している.

《Fig.1(a)》 《Fig.1(b)》

Fig.1(a)(b)佐々木投手と野茂投手のフォークボールの飛翔時間tとボールの回転回数の変化.特に佐々木投手のボールの回転速度は10rpsから20rpsに増加している.ボールの回転軸は鉛直方向を向いている.(b)はフォークボールの風洞実験における一様流速Uとボール回転方向と軸方向±Yの様子を示す.

 

 この映像を撮影した関係者に確認したところ,一定のフレーム速度で撮影していること,カメラの機能上フレーム速度は高々10%程度の範囲でしか減速できないこと,が分かった.佐々木投手のこの投球例ではボールの回転速度は飛翔中に増加していることになる.野茂投手の場合にも回転数はわずかに増加しているが,佐々木投手の場合ほど明確でない.この違いはボールの初速の違いに基づくと考えられるが,詳細は不明である.

 そこで,飛翔中のフォークボールに加わる流体力を調べるには,Fig.1(b)のように風洞流速Uの中でボールがサイドスピンしているという設定で実験すれば良い.

 われわれの実験でも,細い回転軸で支えた硬式野球ボールが一様流中で自動回転するすることは確認できた.40m/sの一様流中ではボールの回転速度は20rpsに達する.

 一方,動体視力が発達しているプロ野球の打者には,投球ボールは打席の約2m前方までは追跡できる6).投手の指を離れた直後のボールの回転方向と回転軸方向も瞬間的に識別され,変化の予測に用いられる,とプロ野球関係者は証言する.

 この現象はボール表面に発達する境界層が流体トルクを作用させることによるのであるが,詳しく理解するためにはそのトルクの定量的な評価や作用機構の説明を行わなければいけない.回転数が増加するという観察事実は未だ一般的ではない.しかしながら,少なくともフォークボールはサイドスピンして,横滑りすると観察されていることは事実である.ここでは観察結果に基づく現象論的な理解にとどめて解析を進める.

 

4.投げられたボールの軌跡

 直球や各種の変化球の飛翔軌跡(X(t),Y(t),Z(t))は次の式で表せる.

          ・・・・・   (1),

    ・・・・・   (2),

                   ・・・・・   (3).

 t=0の瞬間に投球板の中央の上方Y0=1.80mにあるボールが,初速でα方向に投げられたとしよう.(1)式は,ボールに水平方向速度U0・COSαが初期条件として与えられるが,その後抗力係数で表される流体力が作用して減速し,時刻tのボール位置X(t)が決まる様子を示す.(2)式は,+Y方向にボールの初速U0・SINαが与えられ,揚力係数の流体力と,重力の作用で,ボールの位置Y(t)が決定することを表す.(3)式は,横力係数の作用でボールの横方向位置Z(t)が決まることを示す.

 したがって,空力係数の値が決定できれば,飛翔軌跡は確定する.これらの値は,Reynolds数やボール回転速度およびボールの回転軸方向と進行方向によって変化するので,風洞実験によって求める.

 

5.直球の回転と鉛直方向加速度および落下距離

 速球派投手がフォークボールを投げる場合,まず直球によって打者に飛翔軌跡を学習させて,その後フォークで勝負するパターンが良く見られる.変化球投手ではカーブ,チェンジアップなどを見せ球にして,フォークボールで打者を料理するパターンもある.しかし,ここでは3.1の(5)に示した佐々木投手の,「ストレートあってのフォーク」という言葉に従って,直球とフォークボールの組み合わせによって勝負する場合に焦点を絞って考える.

 典型的な直球の回転軸はFig.2のように±Z軸の水平方向を向いており,バックスピン回転している.この場合は鉛直方向に揚力と重力mgが作用する.

《Fig.2》

Fig.2 良い直球の回転軸は水平±Z方向でバックスピン回転している.鉛直方向には揚力FLと重力mgが作用する.

 

 そこで直球に加わる流体力の鉛直方向成分である揚力に注目する.いろいろな流速中で回転速度を変化させ,揚力を風洞実験によって求める.その結果から,

       ・・・・・  (4)

 

のaをボールに作用する鉛直方向加速度と呼ぶ.aは,ボールに加わる揚力と重力mgの両者を考慮した鉛直方向加速度である.この値が+(プラス)であればボールは重力の作用方向に運動するし,−(マイナス)になれば逆にホップするボールになる.

 鉛直方向加速度aが分かれば,投手板からホームベース後端までの距離18.44mの間でボールが落下する鉛直距離も,容易にわかる.そこで,ボール回転速度Nが飛翔中変化しないと仮定して,Fig.3に等鉛直方向加速度線と等落下距離の2つの計算結果を示す.

(1)実線 : 鉛直方向加速度aが一定になる境界線.

(2)破線 : 水平に投げられたボールがバッテリー間の距離18.44mで鉛直方向に落下する距離Yが一定になる境界線.

 

《Fig.3》

Fig.3 ボール回転速度Nrpsと流速の変化による等鉛直方向加速度線図(実線)とボール落下線図(破線),

 

 図中右上のaの値が+0.0gという△印で示した境界線は,ボールの重量mgとちょうど等しい大きさの揚力が作用している所であって,水平に投げられたボールは水平に進むということである.したがってこの線は落下距離が0mである破線と一致する.+0.5gとは重力加速度がちょうど1/2になった真空中でボールが投げられた状態に相当する.

 たとえば,ボール速度43m/s(155km/h)で回転速度40rps(2400rpm)で投げる剛球投手のボールの鉛直方向加速度をa=0.05gとすれば,ホームベース後端までの距離18.44mの間で,

となって,わずかに4〜5cmしか落下しない.

 たしかに,剛球投手の直球をセンター方面から撮った映像によると,投げられたボールはほとんど落下せず直線的に進んでいるように見える.

 落下距離が同一になる破線は右下がりであり,同じボール速度であれば,回転速度が速い場合が落下距離は少ない.

 

 

6.サイドスピンボールに加わる空気力

6.1 空気力のReynolds数依存性

 佐々木投手や野茂投手のフォークボールの観察例によると,ボールはサイドスピンしており,回転軸はFig.1の(b)に示すような鉛直方向を保っている.そのような条件でボールが飛翔する場合のボールに加わる空力3分力 を測定した結果をFig.4に示す.

 

《Fig.4》

Fig.4 サイドスピンする硬式野球ボールに加わる空力3分力CD,CL,CSのReynolds数依存性,回転軸方向はFig.1(b)と同じ鉛直上方.回転速度N=10rps,流速U=14.2(51.1Km/h)〜44.4m/s(158.4Km/h).

 

 前述の佐々木投手のフォークボールは,37.5m/s(135Km/h)の初速で投げられているので,Fig.4に示す測定結果からRe=1.78x105では,揚力係数は=0.010〜0.025となって,ほとんど揚力が作用していないことが分かる.すなわち,良いフォークボールとは揚力がほとんど作用していないボールであることに注目して欲しい.

 

6.2 サイドスピンと横力変化

 Fig.1に示した観察結果によると,佐々木投手のサイドスピンの回転速度は10rpsから20rpsへと増加している.そこで,回転速度を変化させて横力を測定した結果をFig.5に示す.なおこの測定では,流速をU=37.5m/s(137.5m/s),Re=1.78x105としている.

《Fig.5》

Fig.5 サイドスピンの回転速度Nrpsと横力の関係,N=10から20rpsへの変化により,=0.1から0.2へと増加している.U=37.5m/s(137.5m/s),Re=1.78x105.

 

 実験結果に少しばらつきはあるが,この実験範囲では,回転速度Nに比例して横力係数は増加している.

 

6.3 流れの迎角変化にともなう回転軸方向揚力

 フォークボールがその回転軸方向を鉛直方向に保ったまま打者近くで次第に落下するFig.6(b)の過程では,ボールへの流入迎角αは7度以上になる.このような迎角の変化にともなう回転軸方向の揚力の大きさを吟味しておく必要がある.

 Fig.6(a)に迎角α=-10゚〜+10゚,サイドスピンの回転速度N=5〜20rpsの範囲の測定結果を示す.実線は実験値の最適曲線である.この図によると,は正の揚力傾斜となり,ボールの落下過程でそれを阻止する方向に空気力が作用している.負の揚力傾斜となる2次元正方形角柱などの場合とはことなる.

 

Fig.6(a)迎角αの変化にともなう回転軸方向揚力係数. 迎角α=-10゚〜+10゚,サイドスピンの回転速度N=5〜20rps.流速U=37.5m/s(137.5Km/h). Fig.6(b)水平方向Xに対してボールが+αの方向に進む場合に回転軸Y方向の揚力係数をとする.

 

 

7.Wake Fieldの検討

7.1 タフト法による流れの観察

 U=30m/sの一様流中で回転するボール後方の流れの様子をタフト法で観察した様子をPhoto.2(a)フォークボール,(b)ストレート,に示す.ボールが投手の指を離れて飛翔する様子を1塁側から観察しているイメージである.(a)フォークボールの写真は,下側に見える回転軸のまわりにN=10rpsで回転中の後流の様子を示す.(b)ストレートの写真は,紙面に垂直な回転軸のまわりにN=30rpsでバックスピンしている場合である.

 (a)フォークボールの写真では後流はほぼ水平なままである.この場合には上下方向に揚力が作用しない.

 (b)ストレートの場合のタフトはボール後方で下方に向いており,ボールに左側から接近してきた一様流の水平方向の運動量が,ボールを通過した後に,下方向に曲げられており,運動量変化の反力として,上向きの揚力が作用している.Magnus効果の作用を考えれば定性的には理解できる.

《Photo.2(a)(b)》

Photo.2(a)(b)タフト法によるWake fieldの観察,U=30m/s(108Km/h),投手が投げるボールを1塁側から見ている.
    (a)フォークボール :鉛直軸まわりのサイドスピン, N=10rps.
    (b)ストレートボール:バックスピン回転,N=30rps

 

7.2 サイドスピンによるWakeの水平方向移動

 フォークボールがサイドスピンして進む場合,回転速度Nの増加にともなって,横力が増す.具体的には,Fig.5に示したように,サイドスピンの回転速度をN=10rpsから,N=20rpsに増加させると,横力係数は=0.1から0.2へと上昇する.

 ここではそのような場合に後流がどの程度水平方向にシフトするのかを知るために,ボールの赤道平面上でボール中心からボール直径分だけ後方の流速分布を調べた.その結果をFig.7に示す.図はボールを上方(+Y方向)から見て時計方向にサイドスピンさせている場合の速度欠損の測定結果である.1mmのI型センサ受感部の長手方向を±Y方向に向け,±Z方向にセンサを移動して時間平均流速を求める.この測定位置では流れの逆流域には入っていないので,X方向とZ方向の流速成分の合流速ベクトルの絶対値が速度分布として示されている.

《Fig.7》

Fig.7 サイドスピンの回転速度Nの増加にともなう,後流速度欠損領域の水平移動,U=37.5m/s(135.5Km/h),N=10rps→20rps.

 

 サイドスピンの回転速度がN=10rpsの場合には,Fig.5に示したように=0.10程度の横力が作用する.しかし,速度欠損領域には顕著な-Z方向のシフトが見られない.回転速度がN=20rpsと増加すると,速度欠損領域は全体として,明らかに-Z方向に大きくシフトしている.回転速度が増加し,+Z方向に作用する横力が増加することに対応する.

 

8.直球とフォークボールの飛翔軌跡

8.1  飛翔軌跡の2次元表示

 直球とフォークボールの飛翔軌跡の違いを,2次元的に表示した結果をFig.8に示す.この図は,式(1),(2)にしたがって求めた(X,Y)を,3塁側から見た飛翔の様子で表示した.ボールの飛翔過程で抗力の作用でスピードは低下する効果は入っている.ボールは水平方向(α=0゚)の方向に投げられたとしている.フォークボールが直球に較べて大きく落下していることが分かる.

《Fig.8》

Fig.8 水平に投げられた直球とフォークボールの飛翔軌跡の2次元表示.3塁側から見た様子.
直球:U=40m/s(144Km/h),N=30rpsでバックスピン,
フォークボール:U=37.5m/s(135Km/h),N=10→20rpmに増加しながらサイドスピン,

 

 Fig.9にはサイドスピンさせながら投げられたフォークボールが水平(Z)方向に曲がる様子を(1),(3)式に基づいて計算した結果を示す.サイドスピンの回転速度が一定値であれば,が時間的に変わらないので,(3)式から近似的には距離X(時間t)の2次関数でZ方向に変化する.変化量はの大きさに準じて大きくなる.

 しかし,Fig.5で示したように回転速度が飛翔時間とともにN=10→20rpsへと増加すると,横力係数は,

   =0.20t+0.10   ・・・・ (5),

と表されて,時間tとともに増加する.その結果,図中の太い実線で示すように,飛翔するボールの軌跡は,初めは=0.10の軌跡に添い,次第に0.15に移って,最後には=0.20の曲線よりもさらに激しく変化する.この場合ボールの飛翔軌跡は,距離X(時間t)の3次関数で表され,「鋭く」とか「切れの良い」と表現される打者の手元で激しく変化する威力のある変化球になる.

《Fig.9》

Fig.9 フォークボールのサイドスピンによる変位量.投球ボールを上方から見た水平方向の変化の様子.

2-dimensional expression of forkball watching from upper side.U=37.5m/s(135Km/h),
(N=10rps,=0.10)
(N=15rps,=0.15)
(N=20rps,=0.20)
(N=10→20rps,=0.20t+0.1)

2次元表示の最後に,式(2),(3)の結果をFig.10に示す.この図は,シュート回転するフォークボールが横滑りする様子を捕手側から観察した結果を示す.

《Fig.10》

Fig.10 フォークボールのサイドスピンによる変位量.投球ボールを捕手側から見たY-Z方向の変化の様子.

2-dimenstional expression of forkball watching from catcher side.
U=37.5m/s(135Km/h),(N=10rps,=0.10)
(N=15rps,=0.15)
(N=20rps,=0.20)
(N=10→20rps,=0.20t+0.1)

 ここでは,フォークボールのサイドスピンの回転速度が増加することを観察し,それに基づいて横方向変化の様相を考察した.投手の投げた直球,カーブ,シュートなどのボールが「鋭い」とか「切れの良い」と表現されることがある.これはボールのスピードにも関連したファジーな表現であるが,ボールの変化の様子や減速の模様を表わしており,ボールの回転速度の増加にともなう飛翔軌跡の鋭い変化の結果とも考えられる.

 打者の近くで鋭く曲がる,と主張する人に対して,谷は「空気力学的な理由を結びつける事も不可能ではない」と記述している7).ここで述べた解析結果も空気力学的な理由の一つになるかもしれない.

 さらに,3.1の(4)の証言のように,フォークボールがどこかに消えてしまったように感じた,という表現は決して誇張ではなく,むしろ鋭く変化することを的確に表しているのである.

 プロ野球の関係者によると,カーブを投げる際に早い回転速度をボール与えて投げるよりも回転速度を少し落として投げた方が鋭い変化をさせることができる場合がある,ということが知られているが,このような現象を経験的に掴んでいるのであると考えられる.

 

8.2 飛翔軌跡の3次元表示

(1)センター後方のTV映像とコンピュータ・シミュレーション結果

 横浜ベイスターズ佐々木投手の投げた直球とフォークボールの軌跡をストロボ映像で表示した結果をPhoto.3として示す4).一方,風洞実験で得られた空気力を基礎データとして求めた投球軌跡をコンピュータ上に画いた結果をPhoto.4に示す.Photo.4の基本データは図の説明の所に記述しているが,このシミュレーション結果は,Photo.3を参考にして,ボールの上下投球角度およびホームベース上の到達位置を調整して得た計算結果である.両者とも3次元的な軌跡を2次元的な映像にした結果であり,定量的な比較はできないが,感覚的には非常に良く合っていると結論できる.

Photo.3
 横浜ベイスターズ佐々木投手の投げる直球と
フォークボール(初速U0=37.5m/s(135Km/h))
のストロボ映像
Photo.4
コンピュータによるシミュレーション結果

直球 :初速U0=37.5m/s (135Km/h)
抗力係数=0.35,揚力係数=0.25,横力係数=0.0,回転速度N=30rps,回転はバックスピン

フォークボール:初速U0=37.5m/s (135Km/h)
抗力係数=0.49,揚力係数=0.026,横力係数=0.10から0.20へ増加,回転はサイドスピン.回転速度N=10から20rpsへ増加,

 

(2)打者からみた直球とフォークボールの識別の困難さ

 これらの投球を打者から見て表示して,Photo.5に示す.低めのストライクゾーンに入る直球と,さらに低いボールになるフォークボールの例である.Photo.5の上側に一塁側から観察したボール軌跡を示している,打者に6m程度接近した時点まで,直球とフォークボールの軌道軌跡の違いが現れていない.打者には飛翔軌跡の違いが認識できないのではないか,ということを示している.ホームベース手前でバウンドするようなフォークボールを好打者が空振りする例を数多く見るが,打者にとってフォークボールは直球と識別困難な非常に打ちづらい球であることが理解できる.

 打者は,投手の色々な動作や腕の振り,手首の角度,ボールへの指の掛け方を見破って,球種を早く判断しようと努める.しかし,バットスイング開始からインパクトまでの時間は0.17〜0.2secは要する.したがって,36m/s(130Km/h)以上のスピードのボールであれば,投手板とホームベースの中間地点にボールが到達した時点でスイングを開始しなければならないのである.直球とフォークボールの飛翔軌跡の差が,それより後で顕著になるとすれば,ホームベース手前でワンバウンドするような悪球にバットがまわってしまうと考えられる.

 また,Photo.4,5の例ではあるが,3.1の(3)に示した野茂のフォークボールは,投球直後にふわっと浮いた,という観察は,直球に比較してフォークボールは1.5°より高い位置に投げられていることと対応している.

《Photo.5》

Photo.5 打者の視線による直球とフォークボールのシミュレーション結果,フォークボールの計算条件はPhoto.4と同一である.直球は球速を40m/s(144Km/h)とした.

Fastball:40m/s(144Km/h),=0.35,=0.25,=0.0,N=30rps,backspin.
Forkball:37.5m/s(135Km/h),=0.49,=0.026,Revolution speed increases from N=10 to 20rps,side spin. =0.10→0.20.

 

9.結 論

 この研究では,フォークボールの変化の様子を空気力学的な立場で記述した.特に,直球との比較によってフォークボールの威力が増すことを強調した.得られた主要な結論は以下の通りである.

  1. 直球は水平軸まわりにバックスピン回転しており,ボール後方の流体は地面方向に曲げられる.そのため良い直球に作用する揚力の大きさは,重力と同じ程度の大きさになって揚力と重力がつりあう.結果として,ボールは投げられた方向に直線的に進む.
  2. 良いフォークボールは鉛直軸まわりのサイドスピンで投げられる.回転軸が鉛直方向なので,揚力が働かず,ボールには鉛直方向に重力のみ作用する.そのために,フォークボールはすべて落ちる.
  3. 投げられたフォークボールの回転速度の初期条件(N=10rps程度)によっては,飛翔途中で回転速度が増加し,途中から横力が増加するので,横方向変位が時間tの3次曲線で表され,打者の手元で大きく変化し,鋭い変化球として威力を増す.

 

謝 辞

 この研究は福岡工業大学の電子機械工学科の卒業研究,修士課程の研究で行われたものである.

 この研究を進める過程で,3名の野球界に関係する人々に逢った.オリックス・ブルーウエーブの藤井康雄選手(1995.9.9,福岡にて),Boston Red Soxのナックル投手Tim Wakefield(1996.7.23,ボストン市,Fenway球場にて6)),そして福岡ダイエーホークスの杉本ピッチングコーチ(1996.11.13,福岡ダイエー球団,西戸崎寮にて)である.いずれの方々も快く会って,素人の筆者の視野を少しでも広げる貴重な助言をして下さった.記して謝意を表します.また,原稿の間違いなどに有益な助言をして下さった査読者に大いに感謝します.

 この研究は財団法人水野スポーツ振興会の補助を受けました.ミズノ(株)の佐藤文宣,鳴尾丈司両氏に感謝します.

参考文献 

1)溝田武人,久羽浩幸,岡島 厚:ナックルボールの不思議?, (第1報 準定常理論による飛翔解析とフラッタ-実験),風工学会誌,Vol.62,1995.1,pp.3〜14.

2)溝田武人,岡島 厚:魔球の流体力学 3,フォークボールはどこへ消えたの?(最終回),数理科学,No.395, 1996.7,pp.79-84.

3)木下吉博,小林隆弘,実松 清,溝田武人:一様流中で回転する球に働く流体トルクの測定,日本機械学会 九州学生会,第27回卒業研究発表講演会論文集, 610,1996.3,pp.197-198.

4)TBS:「ブロードキャスター 特集:フォークに魅せられた男達」 1995.7.29,22:00〜23:30,にて放映.

5)ブラウン管ではわからないフォークボールの世界,Flash,光文社,通巻第415号,1995.8,pp.61-63.

6)R.G.ワッツ,A.T.ベイヒル(大路通雄訳) :ベースボールの科学−ボールから目を離すな−,p.155,サイエンス社,1993

7)谷 一郎 :野球のカーブについて,科学,岩波書店,Vol.20,No.9,p.409.

8)溝田武人,:がんばれWakefield!,風工学会誌,寄稿, Vol.69,1996.10,pp.51〜53.

9)R.K.ラデア(中村和幸訳) :ベースボールの物理学,紀伊国屋書店,1996


御質問、御感想がございましたら溝田武人教授までどうぞ。


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